熊野神社挙式

熊野神社結婚式にプラン費用で全て揃う
衣装・着付け・ヘアセット・メイク
データ付きスナップ撮影・写真集
神社で神前結婚式のキキフォトワークスのイラスト
神社で神前結婚式のキキフォトワークスのイラスト
神社で神前結婚式のキキフォトワークスのイラスト

神社挙式のお支度プラン

キキフォトワークス
 
お客様の声
三三九度や榊など自分で調べて練習しましたがわからない部分があり、それも丁寧に教えていただいて本番も緊張しながらなんとかいけました。誓いの言葉や立ち振る舞いなど教えてもらわないと気持ちも入らなかったでしょうし集中できなかったと思います。着付けスタッフの方々とも気さくにお話できましたし、私が使っている化粧品を元に化粧をしてくださり、ここまで綺麗になるのか凄いなあと母と感動しておりました。
神社で神前結婚式やお寺で和婚の新郎新婦の写真

先ほど無事に会食も予定通り終え、先程帰宅しました。本日は本当にありがとうございました!私たちにとって、奇跡のような一日でした。キキさんのお陰で、式の次第も良い結果になりました。※特に2礼2拍手!台風のご準備の方もありがとうございました。ブログ、SNSも拝見しました!ブログの方、妻のお母さんが何度も見て式の余韻に浸っているそうですw私たちだけでなく、親族ともども素敵な写真に喜んでおります。
神社で神前結婚式やお寺で和婚の新郎新婦の写真

神社で神前結婚式やお寺で和婚の新郎新婦の写真
 
実際のお客様の結婚式の写真です。
式前後にロケーション撮影します。
お客様の許可をいただいています。
 
神社で神前結婚式の新郎新婦の写真
 
神様に失礼が無いように。
結婚式をより感動深いものに。
神道と神社について研修済み。
 
神社で神前結婚式の洋髪髪型の新郎新婦の写真
 
写真についての想いを綴りました。
宝物になる写真を残します。
未来に繋がる写真を残します。
 
神社で神前結婚式のヘアメイク中の新婦の写真
 
遠方の場合は、メールのみでの打ち合わ
せでも大丈夫です。衣装も衣装ページで
見て選んでもらうだけでも大丈夫です。
 
神社で神前結婚式やお寺で和婚の新郎新婦の写真
 
高品質アルバムとお手頃な写真集
データは、いずれ読めなく、消えるもの
物として残すのが最高のバックアップ
 
神社で神前結婚式やお寺で和婚の新郎新婦の写真
 
和装衣装・小物・着付け・ヘアメイク
スナップ写真・集合写真・ポーズ写真
写真集・データが全て揃ったプラン。
 
神社で神前結婚式のキキフォトワークスのバナー

神社の結婚式の用意を全てサポート

 キキフォトワークス
 
挙式プランの特徴は、神社や寺院での結婚式などで和装での結婚式に必要なスナップ写真、ポーズ写真、和装衣装、衣装の小物、着付け、ヘアセット、メイクがパックになったプランです。プラン料金で結婚式の準備を全て用意する事ができます。費用もプラン内容も衣装も全てホームページで事前に確認する事ができます。結婚式の前に最終的な全ての金額を把握できます。予期せぬ追加料金、結婚式当日に発生する追加料金も無いので、遠方で直接打ち合わせができない場合でも安心してご利用いただけます。

 

神社で神前結婚式の親族集合写真

 
紋付羽織袴姿の新郎さんと婚礼衣装の花嫁姿になった新婦さん。ふたりの人生の出発点。それを見守る両親、家族、親族、友人のみなさん、全ての人の大切な記念日、神社での神前結婚式やお寺、寺院での結婚式をサポート致します。
 
自分の家族の結婚式と同じような気持ちで、心を込めて  のある記憶を残してもらいたい。そんな思いで皆様をサポートしています。

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熊野神社の知っておくべき事

京都には京都三熊野と言われる熊野神社が3社あります。修験道の日円上人が紀州熊野大神を勧請して創建された熊野神社。後白河上皇が紀州熊野権現を勧請して永観堂の守護神として創建した熊野若王子神社。後白河法皇によって創建された新熊野神社です。
 

新熊野神社

新熊野神社は一時は繁栄を極めましたが、応仁の乱以降の戦火に度々見舞われ廃絶の状態になっていましたが、江戸時代初期、後水尾天皇の中宮東福門院(3代将軍徳川家光の妹)によって再建されました。現在の本殿は聖護院宮道寛親王(後水尾上皇の皇子)によって修復されました。
 

熊野神社

熊野神社(権現さん)は聖護院の守護神でもあり京都三熊野の最古の神社です。応仁の乱で荒廃しましたが江戸時代に再建されました。ご利益は縁結び・安産・病気平癒・鎮火で、節分の日には「火の用心のお札」を受ける風習で多くの参拝者で賑っています。
 

熊野若王子神社

熊野若王子神社は哲学の道の終点・若王子橋のすぐ近くに鎮座する神社です。付近の山には奇岩老木、滝などあり納涼、紅葉の名所としても有名です。道中安全祈願や進学、縁結びの神様として若い人にも人気です。熊野若王子神社南側の裏山に同志社創立者新島襄の墓があります。熊野詣の起点でもある後白河上皇は34回熊野に参拝されています。
 
どの熊野神社も3本足のカラス、八咫烏(ヤタカラス)が熊野の神様のお使いとされています。八咫烏は元々は下鴨神社に祀られている賀茂一族の化身で、宮崎県の高千穂に住んでいた神武天皇を大和の橿原まで道案内して都が作られたとされており、導きの神として信仰され、また、太陽の化身ともされています。
 
熊野神社は和歌山県の熊野地方、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の御祭神の勧請を受けた神社です。八幡神社・神明神社・稲荷神社と並んで日本全国に分布し約3000社ほどあります。

有史以前から自然信仰の聖地であった熊野に成立した熊野三山は祭神の熊野権現を祀る熊野信仰の中心地です。神道は、大きく分けて元々は3つの信仰が融合してる出来上がっています。
 
まずは古くからある自然崇拝、山や海、木や森、岩などの特定の自然物に神が宿るとする自然神信仰。次に一族のご先祖様の御霊、霊魂を神とする祖先神信仰。そして、その土地の神や農耕の神など、日本の農耕や水田稲作を紀元とする信仰が1つになって成立してるのが神道です。

その中で、熊野三山の熊野権現を祭神とする熊野信仰は、自然神信仰の形を今の時代にも受け継がれています。熊野本宮大社は熊野川をご神体とし、熊野那智大社は那智の滝を御神体、そして神倉山の「ごとびき岩」をご神体とするのが熊野速玉大社です。それぞれが独立した自然神信仰でしたが、そこに祖先神信仰が入ってきて一体化されたのが今の熊野信仰となります。

熊野三山は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて皇族、宮家、貴族の熊野詣の参詣によって、信仰と制度が確立されました。京の都、平安京からは一生のうちに何回も熊野に参拝されました。しかし京都からの参拝は数ヶ月を要し、そう簡単に行けるものではありません。そこで、熊野信仰の全国的な広がりに合わせるように、熊野の新宮・別宮として日本各地に創建されたのが熊野神社となりました。主な熊野神社は、上記の京都にある三社の他に東京の新宿十二社熊野神社、愛知県西尾市の師岡熊野神社、埼玉県川越市の川越熊野神社、東京都渋谷区神宮前の青山熊野神社、静岡県掛川市の三熊野神社、島根県松江市八雲町熊野の熊野大社、愛知県西尾市の平坂熊野神社、広島県安芸郡海田町の熊野神社、愛知県東海市の熊野神社、山口県宇部市の熊野神社、東京都杉並区天沼の天沼熊野神社、東京自由が丘の熊野神社、長野県軽井沢の熊野皇大神社、山形県の六日町熊野神社、神奈川県横浜市の横浜熊野神社、日本第一熊野神社(岡山県倉敷市)などがあります。